くまこ道

滝町昌寛の日常 くまこへの道

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インターネット

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久しぶりのブログ更新です。
6月頭からずっと田んぼ作業してましたね。
田植えもようやく終わり、ほんとに一段落です。

まだ、草刈りがありますけど。。

インターネットって、「世界を身近にする。」
みたいなイメージありました。
「もっともっと、自由に広がる。」
みたいなイメージも。

まあ、たしかにそんな側面もあるんだろうと思うし、
自分自身もインターネット使ったりもします。
あんまし上手くは使えてないと思うし、そんなにパソコン広げるのも少ないけど。

でも、インターネットも偏りますね。
アクセスランキングとかいって、
みんなが見てるものばかりがクローズアップされてくる。
結局なんか、広がってるようだけど、じつは偏ってる。みたいな。


その町には肉屋、魚屋、八百屋、駄菓子屋、総菜屋、氷屋、桶屋、銭湯、花屋、
金物屋、表具屋、茶店、食堂、神社、お寺、文房具屋、服屋、いろいろありました。
あるとき、大きなショッピングモールができてそれらの小さな商店はつぶれていきました。
そうやって、町の風景というものが小さくなっていきました。

そんな世の中。

インターネットのしていることもそのような側面があります。

口コミ、いい。悪い。
行った事もないのに。知ったフリ。
自分で見てないのに、人の意見を鵜呑みにする。

世界は広がっているんだろうか?

あーああ、明日も草刈りかー。


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  1. 2011/06/30(木) 21:28:07|
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田植え

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今日から、自然農といわれるやり方でやってる田んぼの田植えを
スタートしました!

自然農?って何なんやろうね?

まあ、耕さないで、肥料もそんなにやらないで、草も刈り過ぎないような、
そんな感じのやりかたですけど、
それがなんで自然農というのかは、僕にはわかりません。
ですけども、そのやり方は、

なかなか、結構、非常に、よいですね。

気持ちいいときが多々あります。

まあ、自然農という言い方でもいいんじゃないですか。
僕はあんまり自然農という言葉は使いたくないですけどね。


まあ、その田んぼの田植えを始めました。
1本、1本、苗を植えていきます。

一般的な田んぼのように土を耕運機やトラクターで起こしたりしないもんですから、
泥状態にはなってないんですね。
見た目は畑のようです。
そして、鎌などで土を切って、穴を開けまして、そこに苗を1本植えていきます。

1本づつ、1本づつ、植えていくんですね。

なかなか道のりは長いです。

でも、なんとなくいい感じです。

こういう作業は急いだらだめです。
でも、時期ってのがあります。
だから、その時期の中に納まるようにして、
急がないで、焦らないで、作業を進め、
納める。

焦ってはだめだ。
でも、ゆっくりするわけでもない。

落ち着いて、きっちりと、一つづつ、しっかりとやっていく。
それが、よいね。

一つづつきっちりやっていったら、必ず出来上がる。
それが一番早道だ。

焦ったらろくなことない。
たいがいどっかで失敗する。

焦らず、きっちりと、ひとつづつやっていく。

そんな田植え。
今月いっぱいやっていきます。

  1. 2011/06/20(月) 22:29:43|
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昨日の考え

こんばんわ。みなさん。

こちら雨が降ってきました。
梅雨ですもんね。
天気予報では明後日まで雨模様です。

昨日、すごくブログに書こうと思った考えがあったんですよね。
でも、それが今日になると思い出せないんですよね。

どうしたことか。。。

でもって、何を書こうか?

いい話を書こう。


一昨日、鹿をさばきました。

朝の6時半に電話がかかってきて、
「鹿がわなにかかっとる。」
とのことで、僕も出動したわけです。

僕の住んでる集落では、狩猟の免許を持ってるのはお年寄りが多いです。
若手も持ってる人が居りますが、若手は仕事にも行かんならんしな。
で、罠の持ち主がその罠にかかった動物を仕留めるというのかな?
処分、処理、殺す、という事をしなくてはならないんだろう。
狩猟は免許がいりますから。
その罠の持ち主はお年寄りだったのです。

で、他のお年寄り(みんな70歳過ぎくらいの年寄り)も含めて3人が集まった。
僕も含めて4人だ。
罠(それは小さめの檻でした。)にかかったのは、子供の鹿でした。
で、その鹿を仕留める?
殺すわけです。
動物を殺すのは忍びないし、いやだといったらいやなんですよ。
でも、獣害のことなどを考えるといたしかたないこともあるんですよ。
どうしても「かわいそう」だけではすまない。
そのあたりの考え方についてはまた、別の文章にかいてみます。

鹿は死にました。

狩猟の免許をもった人が殺しました。
僕もしっかり見てましたし、鹿がばたばた動かないように鹿の首にかけた紐を引っ張ってました。

すんなり殺してあげなくては。
すんなり殺してあげなくては。


鹿はすんなり死にました。

「観念しろ。」
と年寄りは言うてました。
鹿も観念というのがわかるのか?
なんだか観念していたようにも思います。
観念する前は、すごく暴れます。
何とか逃げようと檻に体当たりして、鼻なんか血だらけになって。。

なんとか、なんとか生きようとしている。

猟師は獣の被害のために罠を仕掛ける。
きっと、べつに殺したくないんだろう。
でも、何とかしなくてはならないわけです。

小鹿はすんなり死にました。

もう、動きません。

形は全くもって今までどうりですけど、
もう、動きません。

死んだんだな。

魂が抜けたんだろうな。

魂が抜けて、あがっていってくれたのか。


殺すのはしんどい。

でも、いい方法が、
殺さないですむいい方法があればいいんだが。


その小鹿はそのあと、さばきました。

僕もナイフを持って、鹿の皮を剥いで、肉を切り取りました。

骨になった鹿は山に捨てられます。
なんらかの動物が食べにくるんでしょう。


僕は、そんなに肉を食べない生活にしています。
さばいた鹿の肉を持って帰って、食べてみたけど、やはり、
肉をそんなに食べてない僕には、いまいち無理っぽい。


田畑をしているとやはり獣害というものがあります。
それは結構、思いの他、思い以上に大きいものです。

殺さなくてすめばいい。

殺すのに携わった僕は、本当に心からそう思います。
でも、殺すのが仕方ない部分もあります。

いい方法があればいいんだが、
そのいい方法のためには、世の中が、グレンとひっくりかえらなければ
ならないようにも思う。

今の考えではだめだろう。


僕は狩猟の免許を取ろうと思う。
そして、免許を取ったら、動物を殺すと思います。

殺さなくてすめばいいと思います。
矛盾しているかもしれませんけど、

何かの。
何らかの行動をとろうと思います。

もっと、わかりたのです。

知りたい。

知って、そして、

何も知らないところにいきたいのです。


肉はスーパーでパックで売ってるけど、
それは誰かが殺してるんです。

牛肉がおいしい。
この牛肉は上等で脂身がさしのように入ってる。
この豚肉はいい餌を与えられて、ストレスなく育てられたんです。
この鳥肉は放し飼いで飼っていて、身がしまっておいしいんです。
この魚はこの時期油がのっておいしい。

グルメか。
おいしいか。
すごいか。
いいのか。

これ、超おいしいー。

それらも全て、だれかが殺してるんです。

血にまみれて、血なまぐさい中でその生き物を殺してるんです。
殺して、殺して、

そして、スーパーに並ぶのか。

私は生きてるから、生きているものからしか栄養は取れないわけです。
肉も、魚も、野菜も、穀物も、全てのものを殺して、それを加工して食べてるわけです。

コロッケにしても、サプリにしても、小麦粉にしても、
全ては、もともと生きていたものです。

死んでいるものは食べないのです。
死んでいるものは腐敗が進むから食べないのです。
死んでいるものも、もとは生きているんです。


そして、私はあるんですね。

私があるというのはそういうことなんですよね。

まあ他の視点もありますけど。
先祖から受け継いだ私。という視点もあります。

でも、生きているというのは、そういうことでしょう。

食べない。
とい方向性もあるけれど、それはなかなかできないな。


僕の手は血まみれになって、身体に生臭い臭いがまとわりつきました。

僕は小鹿を殺しました。

  1. 2011/06/10(金) 19:39:38|
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今日も一日、終わります。

よき一日だと思って、今日の一日を振り返っても。
僕はもうすぐ寝ますもんですから、
よき今日一日はもうすぐ終わります。

なかなかよかったですよ。
今日一日。

明日もよければいいなと思います。

明日もよき一日でありますよに。

よろしく。


みなさん、ありがとう。
これからも、よろしく。

  1. 2011/06/05(日) 20:47:55|
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鹿

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田植えした苗が鹿に食われてるわー。

まいるよなー。

とにかくネットを張って対処しました。
ネット張ってたら、雷鳴り出して、雨ざーざー降ってきて。
ずぶ濡れ。

まいるよなー。

でもって、シャワーあびて、着替えて、
雨もあがったので、再び田んぼに出動したのですが、
ちょっとした段差を飛び降りようとしたら、足元ふらついて、
田んぼにべっちゃり転げ落ちてしもうた。

まいるよなー。

べちゃべちゃ、どろどろ、ですわ。

あんまりにもこんな状況になると、

笑けてきますね。





  1. 2011/06/02(木) 18:57:41|
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酒盃

夜はだいたいお酒を飲んでいます。
ということで酔い気味なのであります。

日中は飲んでいないもんですから、いろいろと考えつくことがあり、
「このことをブログに書こう!」とか思ったりしているんですが、
いかんせん、夜になると酔っているものですから、そんな話は忘れてるわけです。
もしくは、覚えていたりしても、なんとなく面倒くさくなって、その話は書かないわけです。

そういうことについて少し思い当たることがあるので書いてみますと。

恋などをしているときは、
「ああ、あの娘に今度会った時は、こんな話をしよう!」
とか思って、頭の中で勝手にストーリーが展開しまして、
そして、そのストーリーは自分勝手に結末まで迎えるわけです。
そのストーリーの展開はだいたいをもって、良い結果なわけです。

でも、実際に、その、恋こがれる娘に会った時は、そうはいかないわけです。
そして、結果も意外な方向性を示すのです。

自分の妄想で描いたストーリーは自分の中で勝手に結末しているわけで、
実際の現実界では、ストーリーの展開も全く違うものになるのです。
まあ、あたふたして終わるのが落ちです。
その感覚ってのは、恋といってもいいでしょね。
それがなかなか楽しいもんです。

それに似たものなのか?どうなのか?
僕のこのブログも、日中平常な気分の時にいろいろと話は思いつくのであります。
日に3つ4つ5つ6つくらいは、書こうと思う事柄は思いつくのでありますが、
いかんせん、パソコンを広げて、このブログのページにアクセスすると忘れてしまうのです。
というか、頭で描いていたストーリーは現実のキーボードの前ではなぜか無力になってしまうのです。
もしくは、夕方、自分の杯にお酒を入れた時点で、忘れてしまうのです。

結構、いい話、思いついてるんですけどね。
それは、忘れてしまうから、どっかにいっちゃうんですよね。

この、まさに、今、このブログを書く時点でもそうです。

一応、ブログ作成のページにアクセスするからには、
「こんな話を書こう。」とか思って、アクセスするんですよ。
そして、書き始めるんですが、どこでどうなるのか?
話は全くもって別の方向にいってしまうんですよね。
たぶん、これは、文字に酔ってるんだと思いますね。
文字って、書いてると酔っていくんですよね。
文字の中に自分が吸い込まれていくような感じですかね。
そんな状態になって、文字の中で泳いでいくわけですが、
その、泳ぎ方が上手い人が文章の上手い人で、
泳ぎ方が普通な人は普通なわけで、
下手な人は、自分勝手な文章になるんでしょうね。

そんな思いもあるんですが、僕自身も勝手な文章ですので、
この僕の気持ちが、このブログを読んでいただいてる人に伝わるかどうか?と思えば、
伝わりにくい文章なのかな?


今日はいろんなことを書きたいと思って書き始めたのですが、
結局このような文書になりましたね。

今日は本当は何を書きたかったのだろう?

「心の思うことをすんなりと。
 私はそれを応援します。祝福します。」

そういうことだったかしら?

「あなたがあなたであることを良いとします。」

そういうことだったかしら?

「神の祝福があらんことを、
 そのためには、私事ばかりではなく、喜びを。」

そのようなことだったかしら?

どうだったかしら?

「あなたがあなたであり。」
「わたしがわたしであり。」
「いま、ここに、わたしとあなたがいる。」

というようなことでしょうかね。

「ありがとうございます。」



  1. 2011/06/01(水) 20:54:59|
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